美しいボトルには、受け継がれてきた文化と物語があります。
クラセアスールの象徴ともいえる美しいデキャンタ。その独創的なフォルムや一つひとつ手作業で描かれる模様は、単なる「容器」ではなく、メキシコの文化や職人の想いを映し出すアートピースとして世界中で愛されています。
しかし、現在私たちが目にする個性豊かなテキーラボトルは、最初から存在していたものではありません。
そこには、100%アガベテキーラの発展、メキシコの歴史、職人たちによる伝統技術、そして人々がテキーラを楽しむ文化の積み重ねがあります。
今回より、日本テキーラ協会会長であり、長年テキーラ文化の普及に尽力されている林 生馬氏によるコラムをお届けします。
第一回目となる今回は、「なぜテキーラのボトルは美しいのか」をテーマに、テキーラボトルに込められた歴史や文化、そしてクラセアスールが体現するボトルアートの魅力について語っていただきます。
ぜひ、一本のボトルに込められた背景を感じながら、お楽しみください。
100%アガベテキーラと美しいボトル文化
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テキーラボトルの原点「ダマフアナ」
テキーラは、かつては「テキーラ村のメスカル」でした。1700年代後半からテキーラ村のメスカル(後のテキーラ)が登場し、1800年代中頃にテキーラ専用のボトルが登場しました。それは「ダマフアナ(Damajuana)」といって5リットルほどのサイズの手吹きの球形のボトルで、アガベの繊維で作ったロープを巻いて保護された大きな瓶です。今でもテキーラ蒸留所に歴史的なものとしてよく飾ってあります。
このダマフアナは、複数の蒸溜所を所有し、テキーラを近代化したホセ・フローレス・アリオラ(1825-1897)が、テキーラの流通の効率化のために作ったもので、日本の一升瓶のようにリサイクル可能な定型ボトルでした。このダマフアナによってテキーラは1800年代中頃に流通量を飛躍的に伸ばします。
蒸溜所で造られたテキーラは、このダマフアナに詰められ、カンティーナ(酒場)へ売られ、カンティーナから客に注がれて楽しまれていました。この頃はまだブランドという意識はなく、単にテキーラ村のメスカル(Mezcal en Tequila)として飲まれていました。
さらに1800年代後半になるとホセ・フローレス・アリオラは、パチョンシータ(Pachoncita)と呼ばれる小型の携帯瓶を作ります。これは現在のスキットルのようなものですがガラス製でした。この頃にアメリカへの輸出もはじまりますが、それでもまだテキーラのボトルは個性的ではありませんでした。
観光ブームが生んだテキーラボトルの進化
1950年代に入り、メキシコに空前の観光地としてのブームがやってきます。民間航空機が普及し、エルヴィス・プレスリーらの大スターがメキシコを訪れ、歌い、メキシコ文化を楽しんでいました。例えばアカプルコの人口は1940年には10,000人でしたが、1970年には174,000人にもなっています。
そこで注目を浴びたのが、記念品、またはお土産としてのテキーラです。メキシコを訪れ楽しんだ観光客が、このメキシコでしか造られないアガベを原料としたテキーラを買って帰りたくなるのはごく当然で、そこに美しい付加価値を持つボトルの重要性が増していきました。
トナラ焼きと吹きガラスの伝統
私も何度も訪れていますが、グアダラハラのすぐ近くにトナラという街があります。ここではアステカ時代以前からトナラ焼きという陶器が造られていました。焼き上げる前に石を使ってこすり上げて滑らかにし、落ち着いた色の顔料で色付けされています。このトナラ焼きに水を入れておくと、わずかな通気性や土特有の香りから、水が美味しくなると言われています。ハリスコ州のトナラ焼きは、プエブラ州のタラベラ焼きと並ぶメキシコの二大陶器です。
さらにメキシコには日本の琉球グラスに似た成り立ちの、リサイクルの吹きガラスボトルがあります。これはヴィドゥリオ・ソプラードと呼ばれ、コーラ瓶などをリサイクルして吹いた個性的なカバジート(細長いショットグラス)やガラス細工を見た人も多いと思います。
100%アガベテキーラの優位性、メキシコの観光ブーム、トナラ焼きの長い伝統、吹きガラスのヴィドゥリオ・ソプラードの4つの要素が全てマッチしてできたのが、現在のテキーラボトルの個性です。
クラセアスールが体現するボトルアート
美しいテキーラボトルは数多くありますが、クラセアスールはテキーラボトルの美しさの頂点を極めたものと言っても過言ではありません。
あの個性的なフォルムはアンティークの椅子の脚からインスピレーションを得たと言われています。1997年に私が初めてクラセアスールを飲んだ時の記憶は極めて鮮明で、このボトルの形もずっと記憶に残っていたのはその美しさゆえでしょう。
ボトルの柄が一つ一つ手描きなのも面白く、ニューヨークのバーでは空いたレポサドのボトルの作家を予想して、作家ごとに分けて置いていました。すると非常にレアな柄というのが見えてくるのです。バーテンダーが、これは100本に1本も無いレア柄だというレポサドを注いでくれましたが、心なしか、より美味しく感じました。
ボトルごとに生まれる物語
ボトル毎にそれぞれの場所で、それぞれの人々が、それぞれの考えを持ってテキーラを楽しんでいる。
これがテキーラの良さであり、このお酒が持つ寛容の精神でしょう。
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